2018/02/24

消えゆく考えの記録 カズオイシグロの受賞講演を読んで

カズオイシグロのノーベル賞受賞講演が記録された本を読みました.その本には,彼がこれまで歩んできた軌跡と,これまでに執筆した小説のモチベーションや意図が書かれていました.その中でも特に印象的だったのは,彼の最初の2作品,日本を舞台にした小説の背景でした.ご存じだと思いますが,日本で生まれた彼は5歳の頃,お父様のお仕事の関係でイギリスに移り住みました.その後は,日本に帰ることなくイギリスで成長していったのです.ですので,日本に関する具体的なイメージはご両親から聞くこと以外はないのですが,そういう中でも日本への思いというのを募らせたのだそうです.その後,彼が大学に進学したころからその日本に関する考えや思いが薄れていくことに対して,今考えていることを記録するためにも日本を舞台にした小説を執筆したそうです.彼は,日本のことを訊かれたときに,あの小説に書いてあるとおりだ,と言えるようになったのです.

自分のことをふと思い返してみたのですが,学生時代,特に大学生のころは多岐にわたりたくさん考えていました.また,本を読んで共感したり,そこから考えを巡らせることもありました.かろうじて,当時読んだ本の感銘を受けた部分に線を引いていたので記憶をたどることはできるのですが,それ以外に関しては,何も記録してませんでした.ですから,とても強烈に考えたこと以外はどこかに消えてしまいました.確か何か感じたはずなんだけど....何だったのか,そのうち何か感じたことすら忘れてしまうのかもしれません.そういうものだとは思いますが,そこに切なさや寂しさを覚えてしまいます.折しも,映画「君の名は」の題材も消えゆく記憶でした.あの映画を見たときも同じようなことを考えました.ただ,人間の脳は優れたもので,何かのきっかけでふと思い出すこともできるのです.カズオイシグロのように的確に文章にすることは難しいのですが,映画にあったように何かのきっかけを残しておくことで良いのだと思います.すなわち,例えば,本を読んだときに線を引いたり,日記をつけたりするのです.実は,その行為は,未来の自分へのメッセージという意味合いがあるのだと思います.未来の自分へです.

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